2014年08月14日

スポルティーバ(アリーナ)の歴史:7 2014年 アリーナ閉鎖、そして光へ

過去6回のエントリで、スポルティーバ(アリーナ)の歴史を年別に
まとめてきましたが、今回で一旦最終回となります。

まず水曜カレープロレス(仮)は、石田慎也と岩本煌史が、かつての
彰人の様に試行錯誤し、成長する場としての側面が大きくなります。

それに対し、ノリ・ダ・ファンキーシビレサスが、越えられるわけ
にはいかない、と提起してしばらく、佐藤泰とノリが、若手ふたりと
戦い続ける、いわゆる世代闘争的な時期が続きます。

意地の張り合いが続く中、6月4日の興行で岩本がノリから3カウントを
奪い、シングル戦初勝利を挙げます。これを受け、佐藤はもはや世代
など問題ではない、と終結を宣言し、水曜本来の姿であった、個々の
成長と戦い、個人闘争へ回帰します。

140814_0358.jpg
6/4 スポルティーバ 「水曜カレープロレス(仮)」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ 第1試合 より
Ustream配信ログ 6/4水曜カレープロレス第一試合

また、これと並行して大阪カレー軍(仮)の月例参戦も続き、タダスケが
米国から一時帰国し参戦、カレーマシン3号やくいしんぼうカレーと
いった新戦力も登場しました。

140814_0546.jpg
3/19 スポルティーバ 「水曜カレープロレス(仮)」 Sportiva Arena 第2試合 より
Ustream配信ログ 3/19水曜カレープロレスメインディッシュ

140814_0553.jpg
6/11 スポルティーバ 「水曜カレープロレス(仮)」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ 第1試合 より
Ustream配信ログ 6/11水曜カレープロレス第一試合

金・土プロでは、昨年制定されながら半年間放置状態の、スポルティーバ
唯一のベルト、Survivor of the Ring Side(SRS)が動き出します。

4月26日の土プロDXで佐藤が勝てば王座封印、石田が勝てば復活の
条件で試合が行われ、佐藤が勝利し封印を宣言します。ただし、
SRS形式自体は続行され、5月31日の土プロDXで小仲=ペールワンと
佐藤泰が同ルールで対戦しています。

140814_0707.jpg
4/26 スポルティーバ 「土プロDX」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ 第3試合 より

140814_1216.jpg
5/31 スポルティーバ 「土プロDX」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ 第3試合 より

6月20日の金プロで、石田がマンモス半田との挑戦者決定戦に勝利、
続く6月28日に佐藤泰から初勝利を挙げ、王座が完全復活します。
そして、7月26日の土プロDXで、ペールワンと石田の王者決定戦が
行われ、ペールワンが第3代SRS王者になります。
※佐藤泰は「番人」を主張し、チャンピオンではなかったため。

140814_1966.jpg
7/26 スポルティーバ 「土プロDX」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ メインイベント より

元々WWEなど海外志向の強かった石田はSRS形式で、一種の刹那的
スタイルを構築し、岩本はハードヒットやIGFなど格闘技色の強い
興行に参戦し、ふたりは新人離れした成長を見せていきます。

しかし、欠場者が相次ぎます。影山道雄が左膝前十字靱帯の手術、
伊東優作が慢性腎疾患、高井憲吾が左足首骨折と、いずれも
長期の欠場期間に入ります。

常に名古屋のプロレスのトップ・最前線にいた高井と、昨年の
「どえりゃつえぇがや2013」でその高井を倒して、名古屋最強の
選手となった影山、石田・岩本・蓮香誠らと未来を嘱望された
「若鯱」のひとりの伊東。彼らの欠場は、大きな痛手でした。
2014年8月現在、この3名中、復帰した選手はいません。

ブランドとしての形が定まった水曜カレープロレス(仮)に対し、
金プロは、水曜勢の参加やSRSルール以外では、軸が定まらず
苦戦が続きました。

しかし、そういった中でも新しい力がまた登場します。
スポルティーバの練習生、市野雄士が6月22日の今池プロレスで
デビューします。30歳での入門ですが、スポルティーバでは
最も短期間でのデビューです。市野はデビュー後からすぐに、
水・金両興行に出場し、先輩たちを追いかけています。

140814_0960.jpg
6/22 今池プロレス 「今池プロレス商店街11」 名古屋・千種文化小劇場ちくさ座 より

苦難が続く中でも、選手たちはスポルティーバアリーナでの戦いを
中心に、他団体に出場することも珍しくなくなってきました。

しかし、7月31日未明、とつぜんスポルティーバアリーナの
閉鎖が発表されます。会場の契約満了に伴ってのことでした。

そして急きょ8月3日に、スポルティーバアリーナ最終興行
「最終日だよ、全員集合!!」が開催されます。
公開スパーリングと8試合という、同会場での過去最多試合数の
興行となりました。

スポルティーバで繰り広げられてきた、様々な要素が次々と
繰り広げられ、スポルティーバのベストアルバム・集大成とも
いえる興行で、事実上の「愛プロレス博2014」でした。

そして、同興行のメインイベントは、アリーナ最終試合は昨年の
愛プロレス博のメインと同じ、石田 vs 岩本が組まれました。
ふたりは最終試合にふさわしく、幾度となく戦った、過去の内容を
越えるベストバウトを見せ、最後は岩本が勝利しました。

140814_3840.jpg
140814_3922.jpg
8/3 スポルティーバ 「最終日だよ、全員集合!!」 名古屋・鶴舞スポルティーバアリーナ メインイベント より

最後に、スポルティーバ黎明期から支え続けたヤス久保田がマイクを
とり、会場は閉鎖されるものの、誰もプロレスを辞めることはない、
欠場している選手たちが戻ってこられるように、これから名古屋の
プロレスを守り続ける、と述べました。

140814_4332.jpg140814_4428.jpg
同大会 メインイベント終了後

そこで、次回愛プロの開催が発表されます。2015年5月17日(日曜日)
会場はなんと名古屋国際会議場です。斉藤代表がZepp Nagoyaが使えず、
目的が無くなって停滞感のある現状を打破するため、またアリーナが
閉鎖することで終わってしまう、といった印象を与えないため、何より
名古屋のプロレスファンに、ローカルインディ団体が、前例無き挑戦を
することで夢を見せようと呼びかけ、興行は終わりました。

会場は閉鎖しましたが、スポルティーバエンターテイメントは活動を
続け、次の愛プロに向かって選手・スタッフたちは少しずつですが
動き始めています。

このエントリを書いている時点では、2014年9月21日の今池プロレス
(今池まつりで開催される無料イベント、交差点を封鎖しリング設置)
以外の、具体的なプランは発表されていません。

斉藤代表は、スポルティーバアリーナ閉鎖を、「第二章の終わり」と
位置づけていますが、第三章についての言及はまだありません。



とはいえ、デタラメでアナーキー、前例打破ばかりの団体ですので
何かを突然開催することもあり得ます。

次回の愛プロの大会名は「愛プロレス博2015 光」です。

スポンサーリンク

posted by たこ焼きマシン at 16:01| Comment(0) | スポルティーバの歴史

2014年08月13日

スポルティーバ(アリーナ)の歴史:6 2013年 未来

2013年になり、名古屋のプロレスはさらに大きく動きます。  
1月、DDTへ「留学」の形でレギュラー参戦していた入江茂弘が、
チームでらを退団し、DDTへ正式に移籍します。

その入江がさっそく大きな成果を挙げます。3月20日に開催された
DDT後楽園ホール大会で、ケニー・オメガに勝利し、初挑戦で
KO-D無差別級王者となります。

140813_0951.jpg
3/20 DDT 「Judgement 2013」 後楽園ホール メインイベント より

これに刺激を受けたのか、水曜カレープロレス(仮)、金プロが
活性化します。石田慎也はデビューからほぼ週2試合をこなし、
岩本煌史は週1ペースだったのが週2になり、やや開きつつあった
差を急激に埋めていきます。

水曜日にヤス久保田や影山道雄、TAKASHI(現グラディウス)が
代わる代わる参戦し、石田と岩本は先輩たちとハイペースで
試合を重ねていき、成長に繋がっていきます。

2013年は、この水曜カレープロレス(仮)が、スポルティーバの
ブランドとして躍進、確立していきます。混同を避けるため
水・金それぞれについて流れをまとめます。

まずは佐藤泰が「水曜日のエース」を自称するようになったり、
自己主張をすることが無かったTAKASHIが海外選手の技を
用いることで存在感を出したりしていきます。

140813_0291.jpg
4/17 スポルティーバ 「水曜カレープロレス(仮)」 Sportiva Arena 第1試合 より
Ustream配信ログ 4/17水曜カレープロレス第一試合

もちろん、ノリ・ダ・ファンキーシビレサスやゼヴィウスも
負けじと、巴戦形式のポイントマッチに挑むなど、水曜が
活性化していきます。

特にこの年の佐藤の活躍ぶりは際だっており、後述する
大阪カレー軍(仮)に加入し好き勝手暴れれば、9月25日には
なんと60分アイアンマンマッチまで行っています。

Ustream配信ログ 9/25 水曜カレープロレスメインディッシュ

また、元・三代目えべっさんの菅沼修を中心に、関西の
選手を主に構成される「大阪カレー軍(仮)」の参戦が名物の
ひとつになりました。これは2014年も継続し、ほぼ月例
参戦となりました。

140813_0999.jpg
9/11 スポルティーバ 「水曜カレープロレス(仮)」 Sportiva Arena 第2試合 より
Ustream配信ログ 9/11水曜カレープロレスメインディッシュ

金プロは、チームでらや他の興行への繋ぎどまりで終わる
など、方向性が見出せない時期が続き、動員に苦戦します。

しかし、それを逆手にとって、スポルティーバの特徴である、
アナーキズム・デタラメさが反映された試合形式が誕生します。

2月1日の金プロで、影山道雄 vs マンモス半田が、リング外で
のみ決着し、リング上と会場外が場外扱いとなり、さらに
会場内備品の使用が認められる、特殊ルールで行われます。

140813_0255.jpg
2/1 スポルティーバ 「金プロだよ、全員集合!!」 Sportiva Arena 第2試合より

他の会場では出来ない、リング常設スポーツバーだから可能な
この形式は、SRS(Survivor of the Ring Side)ルールと命名され
スポルティーバアリーナの名物ルールとなりました。
3月15日には、全試合SRSルールでの興行まで行われ、SRSルールの
チャンピオンベルトも制定されました。

140813_0490.jpg
3/15 スポルティーバ 「金プロOne Night Stand!〜SRS Rules〜」 Sportiva Arena 第2試合 より

そんな中、「愛プロレス博2013〜未来〜」の開催が発表されます。
会場は、Zepp Nagoyaではなくスポルティーバアリーナでした。
Zepp Nagoyaがプロレスへの貸出を終了し、映像と照明を使った
愛プロの世界観を表現できる会場が無かったため、開催が未定と
なっていた愛プロですが、ホームで行われることになりました。

愛プロ名物の、開場前に入口近辺で行われるスキットが行われ、
なんとエル・サムライが挑むSRS戦、"brother"YASSHIが
ヤス久保田とタッグを組む試合などが行われ、セミファイナルは
彰人 vs 男色ディーノのシングルマッチでした。

140813_0314.jpg
5/25 スポルティーバ 「愛プロレス博2013〜未来〜」 Sportiva Arena 第1試合 より

これは、2011年の愛プロのメインイベントと同じカードです。
彰人は「今伝えたいこと、伝えなきゃいけないことがある」と
このカードを希望したのです。

140813_2069.jpg
同大会 セミファイナル より

そして彰人は試合後、スポルティーバエンターテイメントを退団、
DDTへ移籍することを、自身の口で述べます。

そして、彰人は愛プロレス博を中心に、名古屋のプロレスは
様々な選手たちにより紡がれてきたこと、その続きを紡ぐ
役割を、石田と岩本に託し、メインイベントで戦うふたりを
呼び込みます。

彰人は、2009年の愛プロでデビューし、愛プロを最後に旅立つ
ことを決意しましたが、彰人へのはなむけとなったのは、彰人と
同様に愛プロでデビューしたふたりのシングルマッチでした。

140813_2678.jpg
同大会 メインイベント より

会場こそ小さくとも、スポルティーバの年間最大ビッグマッチの
メインイベントが、デビュー半年の選手同士のシングル戦に
なったのです。

スポルティーバの斉藤代表は、場内実況でしきりに「選手たちの
成長していく様を見て欲しい」と述べますが、ビッグマッチの
メインイベントを、最もキャリアの短いふたりに託せるように
なったのは、スポルティーバエンターテイメントの団体としての
成長の証でした。

石田と岩本が堂々と責を果たし、大会は成功に終わりました。
ここからしばらく、若手戦線が活発化します。チームでらの
生え抜き第1号の蓮香誠、DEPの伊東優作ら4人の若手らが時には
戦い、時には組んで大物に挑む時期が続きます。

石田と岩本の「鶴舞強化合宿」や、久しく行われていなかった、
「愛プロレス博外伝 若鯱」も開催されました。

140813_0829.jpg
10/13 スポルティーバ 「愛プロレス博外伝 若鯱第3陣」 名古屋市千種文化小劇場ちくさ座 メインイベント より

しかし、11月1日の金プロで、ヤス久保田が問題提起を行います。
選手たちに何も変わっていない、と叱責しました。

影山は、それに異論を唱え、ヤスとのシングル戦を望みます。
その舞台は、現時点での名古屋最強選手を決めるノックアウト
トーナメント「どえりゃつえぇがや2013」でした。
2009年に行われた「鶴舞無双」以来の最強決定戦です。

負ければそこで終わり、のシングルイリミネーション式
ノックアウトトーナメントということから、第1回戦から
全て勝負論に立った試合が展開されます。

第1回戦では、蓮香誠がマンモス半田に勝利し、結果を出します。
そして、メインイベントは当然、ヤス久保田 vs 影山道雄でした。
ここで影山は大苦戦の中、勝利します。ヤスは影山を認め、
必ず優勝しろ、とエールを贈ります。

140813_1675.jpg
11/30 スポルティーバ 「どえりゃつえぇがや2013」 Sportiva Arena メインイベント より

影山は、ヤスの言葉を受け、第2回戦では岩本煌史、続く
準決勝では小仲=ペールワンから勝利を挙げます。
そして、決勝は影山にとって恩人であり、間違いなく名古屋の
トップ選手である、高井憲吾との戦いになりました。

140813_2686.jpg
12/27 スポルティーバ 「どえりゃつえぇがや2013」 Sportiva Arena メインイベント より

30分を越える激しい消耗戦の末、影山は高井からついに初勝利を
挙げます。若手時代をともに過ごした彰人、入江茂弘、杉浦透が
なし得なかったことです。

同期といっていい選手たちが次々と東京進出する中、ただひとり
名古屋に残って、戦い続けた影山が名古屋最強の選手の栄光を
手にしたのです。かつて、名古屋のプロレスの「未来」を担うと
期待された選手が「現在」最強になったのです。

2013年は、色んな意味で、過去・現在・未来を象徴する選手たちが
入り乱れて、その中から未来への希望が紡ぎ出された一年でした。

次回のエントリでは、2014年の出来事について記述する予定です。

スポンサーリンク

posted by たこ焼きマシン at 23:59| Comment(0) | スポルティーバの歴史

2014年08月12日

スポルティーバ(アリーナ)の歴史:5 2012年 その向こうへ

2012年に入り、スポルティーバは昨年ほどの興行は行いませんが、
定期興行を中軸に活動を続けていきますが、少しずつ変化が訪れます。

まず、3月31日の土プロDXで彰人 vs ノリ・ダ・ファンキーシビレサスが
メインイベントとして行われます。K-1 WORLD MAX 2010王者の
長島☆自演乙☆雄一郎がこの日参戦し、タケシマケンヂとシングルを
行っていますが、そのカードを差し置いてのメインでした。

140812_0264.jpg
140812_0711.jpg
3/31 スポルティーバ 「土プロDX」 Sportiva Arena より

水曜カレープロレス(仮)では何度も行われたカードが、ビッグカード
よりも後のメインイベントに組まれた意味が試合後明かされます。
彰人が翌4月1日より、活動の拠点を東京へ移すことを発表したのです。

また、5月には杉浦透がDEPを退団、プロレスリングFREEDOMSへ移籍します。
スポルティーバアリーナの主軸であった、若手選手たちが、影山道雄のみを
残し、東京へ進出することになったのです。

もともと参戦選手の多かった金プロはともかく、水曜カレープロレス(仮)は
彰人が抜けたことにより、ほぼワンマッチ興行の時期が続きます。
しかし、彰人に続く選手が現れます。それもふたりです。

石田慎也と岩本煌史、ともにスポルティーバエンターテイメントの生え抜き
選手で、5月から石田が、9月から岩本がエキシビションマッチに出場し、
正式な試合ではありませんが、レギュラーといえるほど興行の最初に
登場するようになりました。

140812_0089.jpg
9/7 スポルティーバ 「金プロだよ、全員集合!!」 Sportiva Arena より

その間、水曜日は佐藤泰とノリが毎週の様にシングルマッチで対戦し、
同じカードでありながら、内容を進化・深化させていきます。

彰人の穴を埋めるべく、佐藤とノリは戦いを続け、8月5日に開催された
今池プロレスでは久保田ブラザーズと対戦し、名古屋の選手同士の
タッグ戦においては、2009年のvs 小杉研太 正岡大介戦以来の
(イタリア村からやって来た遠い親戚、バボ・ブラザーズはのぞく)
フォール勝ちを成し遂げます。

140812_0865.jpg
8/5 今池プロレス 「今池プロレス商店街7」 名古屋・千種文化小劇場(ちくさ座) より

佐藤とノリはこれで勢いづき、選手数が少なくなったこともあり、
金曜日へ頻繁に参戦するようになります。

そして、11月4日にビッグマッチ「愛プロレス博2012〜その向こうへ〜」 が
開催されます。既に名古屋のプロレス最大のビッグマッチとして確立した
愛プロですが、名古屋だけでなく全国のZeppがプロレスへの貸出を終了し、
最後のZepp Nagoya大会となりました。

名古屋vs他地域の試合を中心とするカード編成でしたが、愛プロ史上
初めてのことが起こります。まず、第1試合が石田慎也 vs 岩本煌史と
いうダブルデビュー戦でした。

デビュー戦が第1試合で行われることは珍しくありませんが、ふたり同時、
しかもシングルマッチで対戦というのは極めて稀です。新人らしい、
気迫のぶつかり合いとなった試合は、石田の勝利で終わりますが、
このカードはスポルティーバの定番・鉄板カードとなっていきます。
140812_0492.jpg
11/4 スポルティーバ 「愛プロレス博2012〜その向こうへ〜」 Zepp Nagoya より

セミファイナルでは、彰人がプロレスリングノアの丸藤正道と対戦しますが、
大会を締めくくったのは、ノリ 佐藤 vs 高井憲吾 影山道雄の、DEPタッグ
王座選手権試合でした。

140812_0636.jpg
140812_1009.jpg
同大会 より

名だたる選手たちの試合ではなく、名古屋の選手のみ、それも名古屋でずっと
戦い続けた選手たちでのメインイベントが、Zepp Nagoyaでの愛プロ最終試合と
なったのです。

副題通り、名古屋のプロレスが"その向こうへ"踏み出した大会となり、
2013年へと続いていきます。

次回エントリでは、2013年のスポルティーバ(アリーナ)について
記述する予定です。

スポンサーリンク

posted by たこ焼きマシン at 15:28| Comment(0) | スポルティーバの歴史